2007.02.07

デイヴィッド・ベニオフ 『25時』

「それはどうかな。おまえはそのときもまだ彼の友達でいられると思うか。ビールを飲んで、昔話に花を咲かせられると思うか。そう思ってるなら、忘れることだ。今夜が過ぎると、すべてが終わるんだよ。わかるか、ジェイク?」
デイヴィッド・ベニオフ 『25時』


ひとりの若者が連邦刑務所に収監される前日、25時間目を迎えるまでの24時間を描いた物語。
全米瞠目の青春小説、というふれこみですが、ぼくはハードボイルドとしてすんなり読めました。
暗く重く乾いたトーンが心地いいです。
これといって何も起こらない。
現在進行形であるはずなのに”すべては終わったこと”として語られる。
若者よりもかつて若者だった人たちの心にこそより響く、と思えてしょうがないのでこれはきっと青春小説じゃありません。
むしろ中年小説と言ったほうがいいのかも。
たとえ偶然にでも手に取ったのであれば決して離さないほうがいい。
直感を疑わず黙ってレジに直行するとたぶん幸せになれるはず。

オンライン書店ビーケーワン:25時

| | TrackBack (0)

2007.02.06

ジョン・ヴァーリイ 『ブルー・シャンペン』

「だめ」彼女が冷静に言った。
「規則その一。むこうからたのまれないかぎり、かたわにてをかさないこと。いくら苦労していても、そのままほうっておきなさい。むこうは人にたのむことをおぼえなきゃいけないし、あなたはむこうになるべくやらせることをおぼえさせなきゃいけない」
「ぼくはいままでかたわとつきあいがなかったんだ」
「規則その二。ニガーは自分をニガーと呼んでいいし、かたわは自分をかたわと呼んでもいい。でも、五体満足な白人がどっちかの言葉を使ったら、ただじゃすまないわよ」
ジョン・ヴァーリイ 『ブルー・シャンペン』


うんとSFらしいSF、6篇が収められた短編集。

「プッシャー」
扉を飾るのは手垢のついたテーマを「ロリコンの変態おじさん」という切り口でさらっと魅せる佳品。
落ちはわかっているのに思わずにやり。

「ブルー・シャンペン」
表題作。
”黄金のジプシー”と呼ばれるハイテク外骨格を身につけることで身体の自由を取り戻した四肢麻痺患者の少女の恋物語。
これを読むだけで元は取れた!と確信する素晴らしい出来。

「タンゴ・チャーリーとフォックストロット・ロミオ」
謎の病原体に汚染されたため放棄された宇宙ステーションで発見された少女と犬たち。
困難を極める救出作戦の鍵を握るのはニュースを見た一般大衆の反応。
機械なのにいちばん人間らしいチクタクが愛しいです。

「ブラックホールとロリポップ」
ブラックホール・ハンターが太陽系辺境で狂気と直面する怖ーいお話。
読み終えた時の”宙ぶらりん感”が怖すぎてすてき。

久しぶりに読み返したけれどやっぱりよかったです。
満足満足♪

オンライン書店ビーケーワン:ブルー・シャンペン

| | TrackBack (1)

2006.12.27

ロバート・ウェストール 『猫の帰還』

ご主人を追って旅する猫の視点を通して戦時下のイギリスを描いたお話。
人々の生活が淡々と乾いた筆致で語られるのが心地いいです。
児童文学ではありますが、猫が主人公だからといって変に擬人化することもなく、「戦争はいけないこと。平和はすばらしい」みたいな単純な二分法的オチもありません。
「それでも人は生きてゆくのだ」ということがしっかりと伝わってくるすばらしい作品。
もちろん、大人が読んでも十分楽しめます。
というより読まなきゃ損!

オンライン書店ビーケーワン:猫の帰還

| | TrackBack (0)

2006.12.10

ローレンス・ブロック 『暗闇にひと突き』

「私は呑んべえだが、アル中とは違う」
「どこが違うの?」
「私はいつでもやめたいときに酒がやめられる」
「だったらどうしてやめないの?」
「どうしてやめなきゃならない?」
ローレンス・ブロック『暗闇にひと突き』

【ネタバレ注意!】
若い女性ばかり8人を狙った“アイスピック連続殺人”
事件から9年が過ぎて、偶然逮捕された犯人は7件の犯行を自供したが、
6人目の犠牲者バーバラ・エッティンガーに関しては頑強に否定し、アリバイも立証された。
スカダーは、バーバラの父親から真犯人を探すよう頼まれるが…。
アル中探偵マット・スカダー、シリーズ第4作。

スカダーのファンであれば、『八百万の死にざま』とともに、シリーズ中最も心に残る1冊。
このシリーズをはじめて読む人は何も言わず2冊セットで!と言っても過言ではありません。
『暗闇にひと突き』は、シリーズの最高傑作にして重大な転換点となった『八百万の死にざま』につながる重要な作品。

『八百万の死にざま』以降、スカダーは酒を飲まなくなりました。
酒との関係が描かれないというのは、スカダー・ファンにとって悲しみ以外の何物でもなく、
依然として出来こそ素晴らしいけれど、そこに”アル中探偵”マット・スカダーはもういないのです。

奇想天外なプロット、あっと驚く真犯人、特異な登場人物を考え出す作家がいます。
一方、とりたてて目新しいことはなにもない、それどころか物語は何も起こらないにもかかわらず、作品を書き上げてしまう作家もいます。
ハナシのある作家がよいのかハナシのない作家がよいのか、読み手側で言えば、すじ読みするタイプなのか、行間を読むタイプなのかということなのですが、初期のマット・スカダー・シリーズの魅力はどちらかといえば行間優先、プロットはあくまでおまけにすぎず、事件に過剰なまでに感情移入し酒に逃避するスカダーの苦悩、ニューヨークの街並やそこに生きる人々に対する陰影豊かな描写にこそあったと思います。
だとするならば、より魅力的なのは『八百万の死にざま』以降か以前かは言わずもがな、と思われてなりません。

不動のオールタイムベスト1、明日死ぬならこの1冊!


オンライン書店ビーケーワン:暗闇にひと突きオンライン書店ビーケーワン:八百万の死にざま

| | TrackBack (0)

2006.11.17

【再読】ローレンス・ブロック 『泥棒は野球カードを集める』

最初はもちろん疑っていた。
始終猫に蹴つまずいて閉口するのではないかと思っていた。
が、驚いたことにまるで邪魔にならなかった。
朝、店を開けると、いつも私のくるぶしあたりに体をこすりつけにくるものの、それは朝食を催促する彼なりの方策で、そのあとはほとんど一日じゅう姿を見かけることすらない。
猫らしく足音を立てずに歩きまわり、物にぶつかったりしない。
時々、道路側の窓辺で日向ぼっこをしたり、高い棚に跳び上がって、ジェームズ・キャロルとレイチェル・カーソンのあいだでくつろいだりもするが、たいていはめだたず、いたっておとなしくしている。
ローレンス・ブロック 『泥棒は野球カードを集める』


アル中探偵マット・スカダーで有名なローレンス・ブロックのもう一つの代表作。
軽妙洒脱な会話が楽しいユーモア・ミステリです。
12年ぶりにシリーズが再開された6作目。

久しぶりに読み返したのですが、新しくレギュラーメンバーとなったラッフルズにばかり気を取られたのはたぶん間違いなく自分が猫を飼い始めたから。
引用したくだりではニヤニヤが止まりませんでした。
「一人暮らしで猫飼ってます」と言うと驚かれる事が少なくないのですが、泥棒バーニイ・シリーズがうんとメジャーになればそんなことも無くなるのかな、などととりとめのない事を考えてみたり。

色々と飼育書を買い込んでそれなりの覚悟を決めて飼い始めたのですが、あまりにも手がかからなくて拍子抜けしました。
唯一の難点は部屋探しが難しいこと。
ペット可物件でも実際には「小型犬のみ」というところが多くて苦労しました。
今住んでるとこはもともと「小型犬のみ」だったのを交渉してokもらったので、「猫飼いたい!」て人は交渉前提で探すといいかもしれません。

あ~、なんかすっかり「独り者猫飼いのすすめ」になっちゃってますが、再読なのでNP!ということで(笑)

オンライン書店ビーケーワン:泥棒は野球カードを集めるオンライン書店ビーケーワン:ひとり暮らしで猫を飼う

| | TrackBack (0)

2006.11.16

ローレンス・ブロック 『泥棒は野球カードを集める』

ローレンスブロックというと、日本では”アル中探偵”マット・スカダー・シリーズの方が断然有名。
『ミステリ・ハンドブック』(ハヤカワ文庫HM)の「ミステリ通になれる作家論特集」でも、
ブロックのところは”マット・スカダー論”になっています(笑)
とっても魅力的な”泥棒さん”(←こういうイメージがあるのです)バーニイ・ローデンバーが活躍するこのシリーズ、
やっぱり、”泥棒シリーズ”と呼ぶしかないのでしょうか?
今ひとつ盛り上がらない理由はこのネーミングにあると思うのですけれど…。

閑話休題

およそ12年の空白を経て再開されたシリーズ6作目。
通常、シリーズものを人に勧めるときは、多少不都合があっても1作目から読むことを勧めるのが普通です。
でも、久々に”バーニイもの”を読んでみて、これは、ちょっと…、と今回は考えを改めました。
シリーズものを最初から読むことを勧めるのは、レギュラーメンバーがシリーズの魅力になっている場合が多いせいです。
この、”バーニイ・シリーズ”にも当てはまるのですが、作者がこの作品を書くまでに12年間の空白があったことが、問題。
もちろんいい意味で(笑)
この書評を書くにあたって、未読だった『泥棒は抽象画を描く』と、文庫入りした『泥棒は野球カードを集める』を一気に読んだのですが、ブロック、12年の歳月を経て格段に上手くなっています!
もともと文章力には定評のある作家で、その魅力がよくわかる彼の短編集(同じくハヤカワ文庫HM)を人に勧めることが多かったのですけれど、本作を読んで、改めて彼の力量に唸らされました。
全く上手い!
軽妙な会話、巧みなプロットを生かす、”華やかな軽み”とも言うべき、洒落た文章。
スカダーものを読むときはついつい過剰に感情移入してしまい、我を忘れている部分がありますが、
こういう”よくあるハナシ”を読むと、彼の上手さが際立ちます。
愛書家でプロの泥棒バーニイが活躍するユーモア・ミステリ。
パーネル・ホールの『探偵になりたい』(ハヤカワ文庫HM)なんかが好きなヒトは、きっと気に入ります♪
そういえば、こっちもしばらく読んでないや…。


オンライン書店ビーケーワン:泥棒は野球カードを集めるオンライン書店ビーケーワン:探偵になりたいオンライン書店ビーケーワン:ミステリ・ハンドブックオンライン書店ビーケーワン:おかしなことを聞くね

| | TrackBack (0)

2006.11.11

ジョージ・R・R・マーティン 『フィーヴァードリーム』

「はじめからそう頼めばよかったのだ。どうして、最初から真実を告げなかったのだ?」
「あなたが、わたしの種族を救いに来てくれるかどうかわかりませんでした。船のためならば来てくれるだろうと思ったのです」
「きみのためだけで充分だったのだ。わしらはパートナーなんだぞ。なあ、そうじゃないのか?」
ジョージ・R・R・マーティン 『フィーヴァードリーム』

吸血鬼と人間の間に友情は成立するか?というめちゃめちゃ魅力的なテーマの物語。
舞台は南北戦争前夜、蒸気船全盛時代のアメリカ南部。
じっくりと書き込まれた時代背景、効果的に張り巡らされた伏線、男と男の信頼と友情の物語が重厚に積み上げられて、至福の時を味あわせてくれます。
”男と男の信頼と友情”なんて手垢のついたテーマですが、主人公マーシュ船長とジョシュア・ヨークの間に立ちふさがるのは種族の壁。
”捕食者と獲物”という困難な状況が友情の美しさを一段と気高いものにしています。

それともうひとつ、忘れちゃいけないのが、
「珠玉の青春小説にしてグルマン小説でもある…」(北上次郎)
このお話、妙に食事シーンの描写が細かいのです。
おまけに出てくる料理のうまそうなこと!

オールタイムベストには必ず入れる大好きな作品。
オススメです。

オンライン書店ビーケーワン:フィーヴァードリーム 上オンライン書店ビーケーワン:フィーヴァードリーム 下

| | TrackBack (0)

ジャン・フィリップ・トゥーサン 『ためらい』

「今朝、港で猫の死体を見た」
という一文ではじまるこの作品、「最も好きな小説を挙げろ」と言われたときに真っ先に思いつく作品の一つで、めったに再読なんぞしないぼくにとって、数少ない愛読書と言えるかもしれない存在だったりします。
まあ、凹んだときに手に取りがち…というのもあるのですが(笑)

なんとなく浴槽にもぐりこんでしまった”ぼく”を描いたデビュー作『浴室』が有名ですが、初めてトゥーサンを読んだのはこの『ためらい』で、その後、他の作品も繙いたものの、やっぱり一番のお気に入りは『ためらい』。
ここの書評で、よく「ハナシのない話が好き」と書いていますが、これはその典型です。
ベビーカーに乗せた息子を連れた”ぼく”の日記のような独白のような、これといったスジもなければ、ヤマ場もなく、ちょっぴりミステリっぽい匂い、サスペンス風な雰囲気が漂ってきたりしながら思いこみ?妄想?な文章はふらふらと…。
読み終えると、『ためらい』というタイトルそのものな気持ちがします。

なんとも形容しがたい小説で、人に勧めづらい代表格。
本国での評価も賛否真っ二つだったそうで、これ、ダメな人は全然ダメだと思います。

オンライン書店ビーケーワン:ためらいオンライン書店ビーケーワン:浴室

| | TrackBack (0)

ジェイムズ・P・ホーガン 『星を継ぐもの』

月面で発見された深紅の宇宙服を着た死体。
綿密な調査の結果、死後五万年以上経過していることが判明した。
一体彼は何者なのか?

もう最高です。
おそろしくSFらしいSF。
まさに”センス・オブ・ワンダー”というやつで、このアイディアだけでご飯三杯はいけます(笑)
文章はお世辞にも洗練されているとは言えないし、むしろ物語は"二の次"的な印象もあります。
でも、トリックが出尽くして文学へ傾斜してゆくことになったミステリとは違い、SFはまだまだ”面白いハナシ”を考えた人が勝ち!
『星を継ぐもの』はまさにそういうお話で、もうこれでもかとばかりに謎が謎を呼び、その解決は素晴らしくSF的で…♪
中の人はこれ書いてるとき楽しくてしょうがなかったんだろうなあ、という気がします。
キズはあるものの、というかもうキズだらけの気もしますが(笑)、これはアイディアが全て。
だってご飯三杯ですもの(笑)

小説として、SFとして、おそらくは数多くの欠点を持っているこの作品には、そのすべてを帳消しにする魅力がある。
読んでいる内に、胸がワクワクしてくるのだ。
サイエンス・フィクションなのだ、これは。
解説:鏡明

そう、胸がワクワクするのです。

オンライン書店ビーケーワン:星を継ぐもの

| | TrackBack (0)

2006.11.10

トマス・ハリス 『ハンニバル』

前作から実に11年ぶり、鳴り物入りで遂に登場した『ハンニバル』
サイコ・スリラーと言えば『羊たちの沈黙』、というくらいミステリ史に残る存在だった前作。
その続編と言われれば、否応なしに期待も高まります。
『羊』以降、巷に溢れかえった猟奇殺人、サイコものにはウンザリしてたので「真打ち登場!」と期待してました。

でも、素晴らしい出来だった『レッド・ドラゴン』、『羊~』を期待してコレを読むと、きっと期待は裏切られるはず。
どんなに残酷な描写を続けられようとも、『羊~』を読み、その後のサイコ・スリラー・ブームを経験した読み手は、ち~っとも怖くなんか感じない(笑)
正直、「ダメだ、こりゃ…」と思いました。
テクニックは衰えてないけれど、今更こんなハナシじゃね…と。

が、惰性で読み終えるはずだった下巻、ラスト。
うひゃああ!!
なんじゃ、こりゃあ?!
と、と、とんでもないことしやがった、このジジイ!(笑)
何のことはない、このラストを書かんがために、『ハンニバル』は生まれたのでしょう。
しかし、11年も経ってから、こんなオチつけるか、普通…orz
”世界一怖い話”だったのが『羊』、そして、”世界一気持ち悪い話”が『ハンニバル』て感じです。

オンライン書店ビーケーワン:ハンニバル 上巻オンライン書店ビーケーワン:ハンニバル 下巻

| | TrackBack (0)

より以前の記事一覧